5月

いよっ 待ってました
みんなで「ハッピーオボコンベ」楽しみましょう!

左に、三つの山が連なる三森山。そのとなり中央にちょこりんと突き出ているのが、登山愛好者から「宮城のマッターホルン」と呼ばれている岩山「オボコンベ山」。本砂金地区のシンボル。
標高595m。とんがった岩山で、子供をおんぶしているように見えることから名がついた。アイヌ語との説もあり。仙台市の太白山よりも急斜面をもち山頂からの眺めは、こでらんねぇ~
「かわさき空中食堂 ハッピーオボコンベ」 仙南2市7町の小学4~6年生で構成された劇団、AZ9(アズナイン)ジュニア・アクターズが、オボコンベ山をモチーフにした歌、ダンス、劇を披露。2月10、11日の2日間で1200人を大河原町のえずこホールに集客。子供たちの笑顔とエネルギーがステージ一杯にはじけ会場はハッピーと夢で満ちあふれました。児童劇団の公演は26回目。出演者は昨年11月から練習に励んだそうです。
興味のある方は、仙南地域広域行政事務組合の教育委員会へ。 ℡0224-52-3433

常長まつりに出演決定‼

さて、多くの人々を魅了した児童劇団の歌と踊りを、川崎町で楽しめることになりました。6月2日に開催される第26回支倉常長まつりに特別出演が決定。期待して下さい。

「私たちのハッピーって、外からやってくるもんじゃない。
(胸を叩いて)ここから生まれるんだって」

「そして(足をならして)ここから生み出すしかないんだって!」

 全員で足を打ちならし歌いだす

♪ ハッピーは、とおくからやってくるんじゃない
ハッピーは、ここで生まれる
ハッピーは、ココで生まれる

              ―「ハッピーオボコンベ」より―

座長の一條結実ちゃんと
公演を終えてニッコリ

4月

 
裏丁地区住民懇談会の様子。平成30年8月27日 午後8時ころ

 

軽率な行動心より謝罪申し上げます

去る1月30日、河北新報で報道されました件につきましては、掲載にあるとおりでございます。

改めて、皆様に、私の軽率な行動について、心より謝罪申し上げるものです。

ただ、限られた新聞の誌面での表現ですから、付け加えさせていただきますと、当日の懇談会で、私は最初に、挨拶でワインをご馳走になったことを、自分から町民の皆様にお詫びし、そのいきさつを説明し、最後にまた、お詫び申し上げました。

その後、懇談会は私が進行を務め、町の現状を説明。その都度、質問や意見をいただき回答をいたしました。のべ12名の皆さんから発言を頂戴し、回答を終了した午後9時に閉会としたものです。

このように懇談会は混乱なく終了、20名の参加者からは、11月24日の「議会と町民との意見交換会」まで、懇談会の進行、ワインをいただいたことへの苦情がなかった次第です。

ところで、21年前、㈱東北中谷様の沼田月夫氏が死去。2年後、会社は倒産、多くの人が苦労しました。

現在、㈱ライフフーズ様の従業員は330名、町で一番の規模。人々の大切な雇用の場であることは、勿論、法人税や固定資産税などの税額は、3300万円。さらに、この度の寮の完成で250万円がプラス。

地元の企業の命運が、地域の存亡に関わることを、内外のニュースが毎日のように報道しております。

その企業の一番の問題が働き手の確保。ベトナムからの研修生は、現在、46名。今後、半年に15名ずつ受け入れるそうです。この国は、これから外国の人々を受け入れねば、交流していかねば、存続していくことができません。川崎町も同様です。

私は、2年前から、ライフフーズ様の外国人研修生の寮の建設に関わり奔走してきました。

日本に来る彼女たちも必死です。

「一生懸命働いて、お金を送りたいのです。頑張ります。よろしく。」覚えたばかりの日本語で、一生懸命な笑顔で、ジュースやワインを私たちのコップに注いでくれたのです。

皆さん、彼女たちをよろしく。


昨年8月、小山修作川崎町長が飲酒後、町内であった町民参加のまちづくり懇談会に出席したとして、町民有志でつくる団体「川崎町を再起させる会」が29日、小山町長宛てに公開質問状を提出した。小山町長は事実を認め、陳謝している。

団体の佐口健二代表が町役場を訪れ、佐藤孝行副町長に質問状を渡した。質問状は「町民に説明、謝罪する考えはあるか」「自らをどう処すのか」など5点を問い、回答を求めている。

関係者によると、懇談会は昨年8月27日夜、町内の裏丁コミュニティーセンターであった。町民約20人が参加し、
町長は誘致企業の外国人労働者用の寮の落成式でワインを4回程度つがれ、飲んだ後に懇談会に出席したという。

「町長は酔った表情やしぐさをしていた」と話す住民もいるが、開催中に大きな問題はなかったという。

小山町長は取材に「(外国人労働者から)『一生懸命働いて母国にお金を送りたい』と酒をつがれ、胸を打たれて断れなかった。軽率な行動で申し訳ない」と謝罪した。
(河北新報「川崎町長 飲酒後に住民懇談会 町民団体の質問状に謝罪」平成31年1月30日付朝刊)

3月

川崎っ子の筆づかいに

高い評価!

▲平成14年、ポイントを説明する中川先生 なつかしいですね

▲熱心に先生方の話を聞く子供たち 
会場はB&Gの体育館 寒さなんて気にしない 平成17年

 ▲『徳育』 村上とき子先生の書 前川小の校長室にあります

 

2月

 ▲記念パーティーを企画・運営したメンバー。めちゃいい顔してる。はんぱないって!!

はたちのころ、誰もが輝いている。
はたちのころ、誰もが希望にあふれている。
祖父や父が、しなやかだったように。
祖母や母が、かぐわしかったように。
若さとは素晴らしく、そして、かけがえのないもの。

左 はたちの小山町長 昼は土木工事で働き、夜は大学で勉強の日々


当たるか、はずれるか?


多くの経営者や学者、ビジネスマンから「経営学の父」といわれ尊敬されているドラッカーは言います。

「最初に出会う仕事は、くじ引きのようなものだ。当たるか、はずれるか、分からない。最初から適した仕事に就ける人は少ない。若い人が魅力的だと感じる業界や企業を探し仕事に就いたとしても、本当に自分に適した仕事ができるかどうかは、実際にやってみなければ分からない。とにかく仕事に就くことで、多くのことを学び経験しながら自分を高めていくしかない。」

ところで、毎年、町職員の採用試験があります。受験資格は35歳まで。他の市町村はおおむね29歳。

なぜか?

私たちは、この町で育ちこの町を離れた人たちにも戻ってきてほしいのです。誰もが戻ってこられる町づくりをも目指しています。

川崎町の子育て支援策は県内の市町村でトップクラスです。豊かな自然の中にあって仙台市中心部まで車で40分。仙台は通勤圏。町内で農業を、事業を、通勤をしながら子育てをしようとする若い人たちが移住してきております。

挑戦していこう!

確かにこの国は全国各地、少子化で学校の統廃合が相次いでいます。支倉、川内、本砂金、青根の学校も皆さんが卒業した翌年、その歴史に幕を閉じざるをえませんでした。しかし、現在、施設は利活用され、多くの人々を受け入れています。皆さんを育んだ校舎は、人々を集め、人々が働き、人々が出会う場所となりました。私たちの町は様々な可能性を持っています。私たちが生まれ育った町も、皆さんと同じように成長していくことができるのです。

そのためには皆さんの若いエネルギーが必要です。この町で生きていく人、この町を離れる人、様々でありましょうが、この町は、これからも、皆さんを育み、皆さんを受け入れ、皆さんとかかわりを持とうとしています。これから社会を担っていくのは皆さんです。

どんなことにも挑戦してください。そして、その挑戦は、どこにいってもできるのです。この町にあってもできるということです。

 1月

皆様からの信頼に感謝して

新しい年が始まりました。

昨年を振り返りますと、日本各地で災害が発生。豪雨、台風、地震。そして、危険な暑さも災害となりました。

川崎町では、県内の市町村で、いち早く、小中学校にエアコンを設置すべく決断をし、事業を進めているところです。

東日本大震災から、まもなく8年・・・。

あらためて自然災害の脅威を感じると共に、有事の際の心構えを新たにしております。

これまで、多くの先輩たちが、町づくりの先頭に立ちました。繁栄のときもあれば、暗雲の立ち込めるときも・・・。

しかし、どのようなときでも、この町が持ちこたえられたのは、指導者の見識や力量だけでなく、人々の努力と忍耐があっ
たからなのです。先輩たちは、苦難をやり過ごしては立ち上がり、気力を振り絞っては、地平線を見据えました。

彼らの価値観は、正直、勤勉、勇気、そして、寛容の中にありました。それは、これからも求められるものでありましょう。

いつの時代も試練があります。

だからこそ、私たちは、皆様から与えられた信頼に感謝し、目の前にある仕事に謙虚に向き合っていかねばなりません。

季節はめぐり、やるべきことは山積しています。

先輩たちが、凍てつく流れに挑んだように、私たちも地平線を見据えて休むことなく歩いていきましょう。

次の世代にバトンをしっかり渡すために。

それが私たちの務めなのですから・・・。