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佐藤孝行副町長が勇退されました

このたび、任期満了により、副町長の職を退任することになりました。
これまでを振り返りますと、私は、昭和50年4月1日に川崎町職員に奉職以来、職員として37年3ヵ月、副町長として8年、通算45年3ヵ月という長い間、皆様方に大変お世話になりました。
副町長に就任した平成24年7月。当時は、東日本大震災の翌年で道路や下水道など、復旧事業の元年でした。かつて経験したことのない大災害の中、副町長という重責を担えるか、大変不安だったことが昨日のように思い出されます。
これまで、小山町政の運営に微力ながら参画させていただきましたが、何の取り柄もなく、非力な私がこうして、大過なく無事に本日を迎えることができましたのも、偏に小山町長はじめ皆様方の温かいご支援、ご協力のおかげです。皆様方とともに過ごした日々は、私にとって何物にも代えがたい一生の宝でございます。

 

 

正直申しまして、やっとここまで来たという安堵の気持ちでいっぱいです。
今後は、趣味の農作業に励みながら、町民の一人としてご協力させていただきたいと思っておりますので、変わらぬご厚誼を賜りますようよろしくお願いします。
最後になりますが、小山町長はじめ、職員の皆様方には新型コロナウイルス感染症拡大により、先が見通せない大変厳しい状況ですが、健康にご留意されまして川崎町民のため、ますますご活躍いただきますよう、衷心よりお祈り申し上げまして、退任の挨拶とさせていただきます。大変お世話になりました。

7月17日 退任式で職員への挨拶
副町長 佐藤 孝行

 ご苦労様でした

佐藤副町長の最大の功績は、税金の徴収率を飛躍的に向上させたことであろう。実は、わが町の徴収率は長い間、県内の市町村で最下位に近いものであったが、彼は自ら対策本部長に就任。担当する職員たちをまとめながら指示を出し、滞納者の自宅へ赴くこともいとわなかった。その結果、昨年度は35の市町村で24位。伸び率は、県内でもトップクラスになったことを報告します。
また、川崎病院の経営に関しても療養ベッドを増やし、通院の難しい患者さんのために訪問診療を実現するなど、町民の皆さんのための政策を推し進めると同時に、赤字額の縮減にもご尽力をいただいた。
ところで、私は思っています。
「役職には任期があり、仕事には締切がある」と。
仕事は締切に間に合わねば、みんなに迷惑をかけてしまうし、役職には任期があり、その任期を全うするために健康に気をつけねばならぬ。
副町長は、この2期8年の間、ご両親を亡くされたとき以外、休みを取ることはほとんどなかった。
加えて、忘れてならないことは、任期中の大部分、給料の20%をカットし、子育て支援に充ててくれたこと。私も8年間、30%身を削ったが、私の志に賛同して働き続けてくれたことに心から感謝し町民を代表して心から御礼を申し上げる。
素晴らしい働きでありました。
これからもよろしく。

 


▲町民の声に耳を傾ける副町長(写真中央) 住民懇談会より

 

町長プロフィール

 

氏名

小山 修作(おやま しゅうさく)

生年月日

昭和32年8月14日

就任日

一期 平成23年8月28日(54歳)
二期 平成27年8月28日(58歳)
三期 令和 元年8月28日(62歳)

出身地

宮城県川崎町

趣味

映画鑑賞 読書 博物館めぐり

好きな言葉

地道な行動が最大の自己アピールになる

学歴

川崎町立本砂金小学校卒業
秋保町立秋保中学校 卒業(現 仙台市立)
国立宮城高専 中退(名取市)
宮城県農業高等学校秋保分校 卒業
東北学院大学 経済学部(夜間) 卒業

経歴

川崎町青年団 団長
川崎中学校PTA会長
川崎町議会議員(2期)

青年団時代は演劇の脚本(青春のきら星たち)など青春3部作を書きあげ、上演また、さだまさしコンサートで川崎中学校の体育館に1,200人を動員
すべてはすばらしい仲間のおかげ

 



 

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